「人は心が百貫目」

「人は心が百貫目」ということわざがある。その意味するところは、人の値打ちは、男前か美人かという外見上の善し悪しではない、学歴でも金持ちかどうかでもない、ゴマをするのが巧いか下手かでもない。ただ美しい心を持っているかどうかである。同様の意味で「人は見目よりただ心」ということわざもある。

団体交渉をすると経営者の人となりがよくわかるのである。すぐに解雇を取り消す善良な経営者もいれば、交渉で妥協しようとせず、裁判で悪徳弁護士を雇い、証拠をねつ造し、組合を抱き込み、思い込みから書面に悪罵を並べる不徳の経営者もいる。

企業であれ大学であれ機構であれ、指導者の人となり(=心のありよう)が、その組織の特徴を形成する。官僚の天下り先の大学や機構ほど、ハラスメントやセクハラが酷く、陰謀や犯罪に満ちているのは、社会的地位が人間の心を悪くするとしか思えない。人は地位が上がれば上がるほど謙虚に、公平に、民主的にならないといけないと思うのである。

美人であっても、恩師をでっち上げのハラスメントやセクハラで退職に追い込むあばずれ女子学生もいる。卒論を書かずに大学を卒業する為に、また教授に取り入り大学院に残る為にでっち上げのパワハラで教授のライバルの先生を陥れる学生もいる。人の値打ちは心が重いか軽いか(=綺麗か汚いか)が重要なのである。それが見抜けない指導者が組織を腐らせるのである。

労働組合の委員長が組合員を裏切り、会社と結託し、労働者を排除しようとし、それがばれて組合を脱退すると、裁判で会社側の陳述書面で労働者の排除に加担し、元組合員の個人情報を会社に渡し、被告会社側がそれを証拠として提出する、という事が実際にあった。おそらくこの委員長は被告会社側の証人として出廷してくるのであろう。

指導者の心がけが悪いと、労動組合が労働者支配の道具に代わる良い例である。経営者というものは何でも金で買えると思っているので、このような事が起きるのである。いかに歴史のある野党系の労組であっても指導者の心が羽毛のように軽ければ腐敗堕落するのである。「他山の石」としなければならない。

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テーマ:労働問題 - ジャンル:政治・経済

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