何事をなすにも哲学が重要である!


何を哲学と呼ぶか?哲学とは認識論のことである。現代の人間には認識できていないことがたくさんある。医学では治療できない難病がたくさんある。大陽系外の生命の存在ですら未だ想像・空想の世界である。地震学では大地震を未だ正確に予知できない。認識できないことがたくさんあるから学問が重要なのである。学問が発達することは人間の認識が発展することである。

事物に対する人間の認識は、どうしても何回もの反復を経なければならず、量的蓄積の過程がなければならない。大量の感性的材料を累積して、初めて感性的認識から理性的認識への飛躍を引き起こすことが出来る。実践から感性へ、さらに感性から理性へと飛躍するというのは物事の道理である。

こうした道理が分かっていないものが大学を独法化し、任期制を導入した。これによって研究者は1年や2年で成果を出さなければならなくなった。だから論文を借用したり、データをねつ造したりするようになった。博士論文ですらパクリ論文が横行していると言われる。

任期制の再任や雇止めの条件が論文の数で決まるため、詰まらない論文を共同研究にして論文の数を稼ぐだけのアホ研究者が大学に残り、世界に評価される論文を書いた先生は、論文の数か少ないことで潰されるのが現状だ。研究のための実験・実践は数多くの反復・累積を経なければ理性(=論文)にはならない。しかし任期制で再任されるためにゴマすりの「ヒラメ研究者」になったものが自由な研究活動などできるわけがない。

実験で感性的認識を累積し、理性的認識に飛躍するのではなく、データねつ造や論文のパクリが任期制のハードルをクリアする近道なのである。結果日本から送られる論文の7割が再現しないか、もしくはデータ捏造だと言われるのである。日本の「科学立国」は政策立案者がまず哲学を勉強し、認識論が分かるようになることから始めた方がいい。

任期制を廃止して、大学の若手研究者の地位を安定的にし、少なくとも実験の量的蓄積を可能にし、研究者に感性から理性へと飛躍を果たせる時間的余裕を保証すべきである。また教授の独裁的権力を奪い、准教授や講師などの研究者としての独立性を保証しなければ科学立国など不可能だ。教授のパワハラで能力のある若手研究者が潰される現状は、大学を学問の府から既得利益集団にかえているのが現状だ。
首相が大学の改革を語るのなら、まず哲学を学び、大学の現状を正確に理解してからにしてもらいたい。
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Tragic Hero

国立大学法人の改革を急げ??

Abe don't know anything.
It is collapse of the university education.
The Meiji Restoration is an old talk.
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